2012年08月22日

24時間テレビ、嫌なら見るなというけれど

今年も不快な時期がやってきました。
何がって・・・・。
24時間テレビのあの不愉快な空気が。
 
 
 
どうしてこんな偽善にもならない番組が毎年毎年やっているんでしょうか?
もう止めればいいのにって毎年思うんですよね・・・・。
「嫌なら見るな」って言われてもチャリティを街角で目にしたりするのでどうしても目についてしまうわけで、ならばこうやってブログで声を上げるしかないのかなと毎年毎年思うので今年はちょっと早いのですが独立でエントリーをします。
 
 
24時間テレビで嫌なことは何か。
まず一つは「タレントにギャラを払っている」ということですね。
これは帰国子女である西田ひかるが会見席上でポツリと漏らした言葉から明らかになっているわけですが、こういうチャリティ番組ってお金をもらってやるのが普通なんですか?
こういうチャリティの発祥たる欧米では度々大物たちがノーギャラで集まり企画しているのを見ているわけで、それを鑑みれば日本のタレントたちの浅ましさが鼻につきます。
一般の人々からすれば桁違い(最近ではテレビ局の不況もあって減らされているとは聞きますけど)のギャラをもらっているわけで、むしろ1年にいっぺんくらいお金なんていらないからやるって姿勢こそが重要なんじゃないでしょうかね?タレントもテレビ局もそういう姿勢でやるのならむしろ支持できるんですけど。
 
まあ、それでタレントが拒否するようならもうこんな番組をやらなければいいわけで。
もうネタも出尽くしているだろうし。
企業もCM料を全額寄付とかすればいいのにと思います。
視聴率も高いそうで、テレビ局が高額のCM料をせしめながらチャリティっていうのは腑に落ちないものです。
 
 
もう一つは、「障害者をダシにしすぎ」ということですね。
ノーマライゼーションという言葉がありますけど、これは障害者であっても特別視せずに健常者と同一視できる環境を築くことが肝要じゃないんでしょうか?
むやみに「この人は障害者だ、でも頑張っている」みたいな話ばっかりにするのはいただけないんですが。
そうでなければテレビ的につまらないのかもしれないのですけど、それってそういう紋切り型にしか捉えられないテレビマンの怠慢じゃないんでしょうか?
この取り上げた方、そしてこの取り上げようは普段障害者の方々にスポットを当てないことに対する日本テレビのエクスキューズと捉えるのは穿ちすぎでしょうかね?
頑張らなくていいから普通に生活をすることを取り上げることこそがノーマライゼーションの真髄であり、必要なことだと思うんですけどね。

 
そして最後に「お涙頂戴ものにしすぎ」ということです。
初期の24時間テレビは番組の最中にアニメを流したりしていて必ずしもそうでなかったようですが(実際子供の頃見たときにそうだったことを覚えています)、マラソンを走り始めたあたりからそんな雰囲気になっているようです。
そもそも何で毎年毎年マラソンを走るのですか?
そしていちいち何ヶ月も前にランナーを発表しているんですか?
ずっと走っている、さあ感動しろって煽っているあたりが不愉快で仕方ないです。
あれこそは24時間テレビというものの終焉の象徴、日本テレビの企画力の無さを如実に物語っているものと思われます。
 
 
この3点、考えて整理した上での問題点です。
こうやって書いていても毎年同じように行われていくわけで、そこに絶望感を感じます。
願わくば目につかないところでやってほしい・・・。と考えるのはわがままなんでしょうか?
posted by カミュ at 19:52| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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