2009年08月25日

裾野が広がるのはいいことだけど・・・・

これ、どうなるんでしょうか?
女子プロ野球、来春に発足へ 京などに2球団
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090825-00000005-kyt-l26
女子野球の普及を目指す日本女子プロ野球機構(京都市下京区)が24日、大阪市内で記者会見を開き、京都市などに本拠地を置く2球団による女子プロ野球リーグの創設を発表した。リーグは来春にスタート予定で、プロ野球の近鉄などで活躍した太田幸司氏がスーパーバイザーに就任した。
 同機構は健康食品会社、わかさ生活(京都市下京区)が3億円を出資して設立した株式会社。1球団は京都市右京区のわかさスタジアム京都を本拠地とし、もう1球団も関西に拠点を置く。両球団ともわかさ生活が出資して設立するが、いずれは独立した運営を目指すという。リーグの将来的な球団数は未定。
 リーグは来年4月末に開幕し、年間30〜40試合を予定している。1球団の選手数は13〜15人で、今秋にトライアウトを実施する。監督、コーチは元プロ野球選手と交渉中という。
 国内の女子プロ野球は1950年から2年間、リーグを行っていた時期がある。同機構によると、現在の女子野球人口は約600人。プレーをしていてもチームが少なく他競技に転向する選手も多いことなどから、リーグ創設に踏み切った。
 片桐諭代表(33)は「野球を愛する女子選手に競技継続の可能性を広げ、レベル向上を目指したい」と、意気込みを語った。
 ■地道にやる覚悟
 太田幸司スーパーバイザーの話 野球教室で女子を教える機会もあるが、上に進むほど門は狭くなっている。今回、プロという頂点をまずつくり、底辺へとつなげていきたい。1、2年で頓挫せず、長い年月をかけて地道にやる覚悟だ。

以上引用終了
それにしてもわかさ生活も思い切ったことをするものですね。
まさに「清水の舞台から飛び降りる」気持ちで出資を考えたことでしょうよ。もし成功すればそれこそ歴史に名を残す話になると思います。
 
ただ・・・・。
現状、日本の女子スポーツ界でそれなりにプロ活動が成功していると思えるのはバレーボール・ゴルフくらいで、あとはプロレス、サッカーがそこそこであとは全く見えない状況ですから正直、とてつもなく厳しい道だと思うんですよね。
同タイプのスポーツであるソフトボールがそこそこの人気を保ちながらもプロ化できない現状でありますし、男子のプロ野球にしたって人気低下が囁かれている昨今、ちょっと時代にも遅れた感が・・・。
  
それでもこの挑戦、見守って行きたいですね。
 
男子に無い華やかな面を前面に押し出していくのが成功するための鍵かと思います。
男子の真似事をしていてはどうしてもスピード感が足らず見ていて中だるみした試合になってしまう感じがしてしまいます。
自分が女子サッカーの試合をTV中継で見ていて感じるのがそこです。
パワー・スピードで劣る部分をどうカバーしていくのか、そこがポイントになると思いますよ。
 
とりあえず話題性のために関西独立リーグの吉田えり選手を取ってきますか?
posted by カミュ at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

またプロレス界の巨星堕つ

川田、永田らレスラー仲間ショック…三沢光晴さん急死
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090614-00000117-sph-fight

「まさか…」「信じたくない」−。13日の試合で頭部を強打し死亡したプロレスラー・三沢光晴さん(46)。突然の悲報に、同僚レスラーや親交のあったマット界関係者は一様に言葉を失った。

 初代タイガーマスクとして活躍した格闘家の佐山サトルさんは「プロレスの結晶が、また消えてしまった」と語る。昨年の12月に2代目である三沢さんと初めての「タイガー対決」が実現。「今から思えば、それがせめてものこと。2人とも年をとって体も重くなってしまっていたが、でもまだまだやれると確認し合ったばかりなのに…」

 足利工大付高レスリング部の後輩で、三沢さんがノアを旗揚げした際には、全日本に残留して団体を支えた川田利明(フリー)は「信じたくないし、信じられない。それしか言えないです」と言葉少な。

 マット界では三沢さんの下の世代にあたり、ノアとの交流戦という扉を開いた、新日本の永田裕志は「突然のことで、言葉も出ません」と言うのがやっと。「今年の東京ドーム大会の前日、1月3日に、東京ドームホテルでごあいさつさせて頂いたのが最後でした。ただただ悲しみがあふれるばかり…。きょうはこのくらいで勘弁して下さい」

 全日本の小島聡は「急なことでビックリしてしまって言葉が出てきません。ご冥福をお祈り致します」。新日本の中邑真輔は「1月4日に戦ったのが最後。ノアの試合に参戦するときは、ノア=三沢さんだという気持ちでやってきました。ノアの最後のとりででした。目標にやってきただけにとても残念です」と、無念そうに語った。

 K−1プロデューサーの谷川貞治氏は「言葉が浮かんでこない」と、ぼう然。「経営者として同じ立場の人間としてみていた。地上波の打ち切りなど、いろんな問題があったと思う。心労も重なって、気持ちは痛いほど分かる。本当に残念」とした。

 今回の悲劇で大きな危機を迎えることになるプロレス界。佐山氏は「それだけハードで過酷な世界だということ」としながらも、「ここでプロレスを終わらせたらいけない。その責務を痛感しています」と強調した。

 ◆14日の新日本・後楽園大会で10カウント 蝶野は無言… 三沢さんと同世代でプロレス界をけん引してきた新日本プロレスの蝶野正洋(45)はコメントを差し控えた。関係者によれば三沢さんの悲報にショックを隠せないようだったという。14日には新日本の東京・後楽園ホール大会があり、10カウントゴングの黙とうが行われる予定で、6月シリーズ不参加の蝶野も来場して三沢さんの冥福を祈るという。

 ◆三沢さんの得意技 打撃系はエルボーパット。回転式、マシンガン式、ダイビング式などバリエーション豊富で、三沢さんの攻撃力を支えた。投げ技の代表格はエメラルドフロウジョン。相手をボディースラムの体勢で右肩に抱え上げ、脳天から突き落とす。これを改良したのが、ブレーンバスターの体勢から抱え上げ、同じ形で突き落とす変形エメ・フロ。落差が増し、より破壊力が増す危険な決め技となった。このほかタイガーマスク時代に編み出したタイガードライバー(相手を空中で一回転させてから背中からマットにたたき付ける必殺技)も有名。高い身体能力を生かしたフライング・ラリアット、エルボー・スイシーダの飛び技も破壊力十分だった。

 ◆三沢さんのプロレス人生
▽1962年6月18日 北海道・夕張市生まれ。
▽81年3月 全日本プロレスに入門。
▽8月21日 同期の越中詩郎との戦いでプロレスデビュー。
▽10月 シングル戦初勝利を果たす。
▽84年7月 遠征先のメキシコから極秘帰国後、2代目タイガーマスクに。
▽8月 ラ・フィエラとの一戦で“タイガーマスクデビュー戦”で見事勝利。入場曲は「スパルタンX」。
▽85年8月 NWAインターナショナルジュニアヘビー級王座を獲得。初のシングル王座に。
▽86年11月 世界最強タッグ決定リーグ戦にジャイアント馬場とのタッグで初出場。
▽88年5月10日 結婚。同時にタイガーマスクの正体を公表する。
▽89年3月 NWA世界ヘビー級王座戦で敗戦。左ひざのけがが深刻化し、手術を受けるために長期欠場。
▽90年1月 リングへ復帰する。
▽5月14日 冬木弘道(故人)らとの試合で、執拗(しつよう)にマスクをはぎ取られそうになり、自らマスクを取って突進。素顔に戻る。
▽92年8月 ハンセンとの3冠統一ヘビー級王座を奪取。第10代王座に就く。
▽99年5月 全日本プロレス社長に就任。
▽2000年6月 全日本プロレスに退団届を提出。
▽7月7日 三沢さんがつくった新団体を「株式会社プロレスリング・ノア」として登記。
▽8月5日 ディファ有明で旗揚げ戦開催。
▽01年4月 初代GHCヘビー級王者に。
▽07年12月10日 初のプロレス大賞・最優秀
選手賞を受賞。
 
以上引用終了
自分は新日派だったのでノアの試合とかはあんまり見たことが無いですけど、全日本プロレスの流れを組む王道プロレスの看板を守る三沢社長のことは知らないわけが無いです。
高校の時の友人の一人にそういえばファンがいて熱く語ってくれたこちとがありましたしね・・・・。
その頃が懐かしいです。
  
それにしても日本のプロレス界を引っ張っている一人がこんな形で人生の10カウントを鳴らされる事はあんまりです。
橋本真也の時もそれを感じましたけど。
とにもかくにもご冥福をお祈りすると共にK-1などに客を取られて退潮著しいプロレス界がまた一人スターを失うことによってさらに衰退しないか危惧を抱いている次第です。
posted by カミュ at 00:05| Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月09日

天網恢恢にして・・・?

中学生フットサル大会で八百長試合を指示
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090409-00000613-san-soci

新潟県内の中学生フットサル大会で試合にわざと負けるよう指示したとして、公立中サッカー部のコーチで同校の教頭(47)が9日、日本サッカー協会から「12カ月のサッカー関連活動の停止」という厳しい処分を受けた。教頭は「弁明の余地がない」と反省しきりという。

 日本協会によると、同校は今年1月の上越地区大会で3連勝し予選リーグ突破が決定。教頭は準決勝で相性の悪い相手との対戦を避けるため、次戦で大量点で負けての2位通過を画策し、生徒に指示した。すると生徒は故意のオウンゴールを6度繰り返すなど忠実に指示を“実行”。試合は0−7で敗れ、狙い通りの2位通過を果たした。

 犬飼基昭会長は「教育者の風上にもおけない」と怒り心頭。教頭も「フェアプレー精神に反し、教育的配慮にも欠けていた」と事実関係を認め、謝罪した。もっとも、同校は決勝トーナメント初戦で敗退。“悪知恵”も実を結ばなかったようだ。

以上引用終了
 
まあ、結果的に決勝トーナメント緒戦で敗退しているんですから、こんなセコイ作戦が意味を成さなかったわけですな。
 
そんな訳で、「天網恢恢にして疎を漏らさず」
 
こういう時って、「相性が良かろうが悪かろうが全力でかかっていけ!」って指導するのが普通だと思うんですがね・・・。
作戦だの何だのを中学生相手に教えるのはまだ早すぎると思うのですが。
それにしてもこの中学生達も、こんな露骨にやったんですから指示をした教頭への反発だったのか、それとも単に知恵が回らなかったからか・・。
そこは分からないところですけど、もう少し上手くやればいいのにって思うところでありますな。キーパーが多少なり手を抜けばフットサルってあっさり点が入りそうな気がするんですがね。
それとも、手を抜いても全然点が入らないほど弱い相手だったんでしょうか?
posted by カミュ at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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